【第9回】クロスフィールド・トーク -「誰か(何か)のせい」にしてもよい- 小峰彌彦×赤羽良剛

2015年4月21日

一大ブームとなっている妖怪ウォッチ。映画・妖怪ウォッチの正月興業では490万人超を動員するなど、勢いは止まらない。子どもだけではなく大人も魅了する「妖怪ブーム」にはどのような背景が隠されているのか。大正大学元学長、勧蔵院住職 小峰彌彦氏に伺った。

「誰か(何か)のせい」にしてもよい

赤羽 社会現象となっている「妖怪ウォッチ」ブーム。ご存じない方のために簡単にお話しすると、ゲームから生まれたアニメで、主人公が妖怪執事と呼ばれる妖怪に出会い、世の中の様々な現象は「妖怪」によって引き起こされていることを知る。
「妖怪ウォッチ」によってその妖怪の正体を暴き、時に彼らと対立するのではなく協力して問題を解決していくと言う設定。この設定がブームを引き起こした背景には何があるとお考えですか?

小峰 まずは、妖怪という存在を考えて見ましょう。私たち人間が引き起こしたのではなく、抗えない力によって問題が引き起こされることがあることを表現しているのではないでしょうか?こうした現象は、仏教では縁起によって引き起こされる、とします。縁起とは、目に見える物見えない物の複雑な関係性をいい、私たちはその関係性によって存在します。だから自分が引き起こしたと思っていても、その背後には自分以外の力が働いているのです。

赤羽 なるほど。私たち自らが引き起こしたと考え、責任をとるという観点で物事を図らなくてもよいと言うことでしょうか?

小峰 と言うより、自分が引き起こしたことの背後には、自分が意識していない力が及んでいるということです。また、妖怪ウォッチという解決するためのキーになる道具が存在することも興味深いところです。仏教には、目に見えない働きと自分とをつなぐ妖怪ウオッチのような、たとえば金剛杵という法具があります。これは迷いを断じ智慧を与えてくれます。

赤羽 確かに私たちは先人の智恵を頼ることがあり、自らの力ではどうにも抗えない世の中で生きています。ダイバーシティ、多様性を求められるからこそ、選択肢が増え選ぶべき道が見えなくなることも多分にあります。こうした時、何を支えとすればよいでしょうか?

小峰 迷い悩む大きな原因は、判断の基準を誤ったときです。仏教ではその判断を「慈悲心」におきます。自分ではなく他人を優先する心があれば、一時はうまく行かなくとも大きな支えとなるのです。他人を優先する心とは、たとえば一人の子供がいて、母親を名のる二人の女性がいた。二人は子供を取り合い、互いに子供の腕をとり強く引っ張った。子供は痛くて泣き出したので、本当の母親は子の気持ちを優先し考えて、思わずその手を離した。その心が慈悲心であり、他を優先する心です。