新聞を読むのは、昔からあまり好きではない。仕事柄、本もそれなりに読むが、読んだものより、買ったものの読まなかったという本の方が圧倒的に多い。読み始めると、すぐにつまらなくなる。広告の制作、雑誌の編集、そして研究、という、文字とは切っても切り離せない仕事に従事してきた人間としては、かなりなっていない、と思うこともある。

研究の仕事をしていると、博覧強記に出会うことが多い。自身の研究領域については、世界中の文献が全て頭の中に入っているかのよう。どんな質問、どんな対話においても、当意即妙のレファレンスが出てくる。凄いなあ、この人は。心から思うこともよくある。しかし、懇意にしている元グローバル企業の人事エグゼクティブが、まさに博覧強記を絵にかいたようなある高名な研究者を評した言葉が、真実を射抜いているようにも思う。
「あの人、リーダーシップの研究者じゃないわよ。リーダーシップ研究の研究者」。

知識や情報は、それ自体には何の意味もない。しかし、そうしたものに、ある想いを持った個人が触れると、そこから何かしらの行動やアイデアが生まれることがある。その時に、その人は、きっと智恵を働かせている。つまり、ある文脈に乗った時に、初めて誘発されるもの、それが智恵なのだ。だから、それぞれ違う文脈を持つひとり一人違う存在である人間は、その人なりの智恵を生み出すのだろう。もちろん、プアな文脈に生き、智恵が生まれない人も、少なからずいる。

そして、それぞれに違う智恵だから、それを持ち寄ってああでもない、こうでもない、とやっていると、さらに大きな智恵が生まれる。複数の人間が集い、それぞれの出自、専門、経験から織りなされる文脈に乗った智恵が交錯することで、もっと大きな文脈に乗った智恵が紡ぎだされる。「智恵の和」倶楽部というプラットフォームは、きっとそんな壮大なビジョンのもとに生まれているのだろうなあ、とも思う。面白い試みだし、面白くなりそうな気配もある。浅学菲才で、智恵に乏しい私が参加している、という点を除いては。